Vol.298
なぜ日本で、かくも国際競技会が頻繁に開催されたか?

2007.09.03
 今朝、女子マラソンで土佐選手が銅メダルを獲得し、世界陸上もいよいよ今日2日の夜のセッションで閉幕となります。
 その報道体制なども含めて、賛否が飛び交うところではありますが、こと世界陸上においては、五輪前年ということで、各国とも本気度がかなり高い状態でしたね。その中での日本選手団の成績ということもあるのでしょうけど、自己ベストがどれくらい達成できたか、日本新がどれくらい出たかというのは、一つの評価の切り口としては避けて通れないでしょう。
 順天堂大の沢木教授は、今大会の途中経過を振り返って、けいれんなどで棄権する選手の多さに、「生化学的データを用いたコンディショニング」の必要性を話されていました。本学水泳部では、私が四部門統括コーチとして現場復帰してからというもの、かなり何度も血液検査などを行いながら、データの蓄積とコンディション指導のノウハウを構築してきましたが、水泳界でなく別の場所で、その必要性が認識されたのはなんだか複雑な気分です(笑)。

 ところで、この夏は複数のスポーツの国際競技会が日本で開催されました。記憶しているだけで世界陸上、世界競泳、女子バレーの大会(正式な大会名を忘れた!)などがあります。海外で行われた大会で、日本で放映されたものの中には世界卓球もありましたし、レスリングも世界大会がありましたね。一体、なぜ五輪イヤーを前にこんなにも国際大会が多くなるのでしょうか?

 IOC(International Olympic Committee)のロゲ会長は、さらなる五輪の世界的普及を目標とした具体的課題の一つとして、メダル「獲得国」の増加を挙げています。どちらかというと、アメリカやヨーロッパの国々などの経済大国に、多くのメダルが行き渡っているような感も見受けられますが、それでは五輪の真の目的である「民族の祭典」という主旨に反するということなのでしょう。特に発展途上国のアスリートへの奨学金制度の拡大と、各競技のIF(International Federation:国際競技連盟)による、新規の国際競技会の開催を、そのための方策としているようにも見受けられます。
 IOC絡みの国際競技会として最もメジャーなのは五輪ですが、それ以外にもアジア大会とかもIOCが絡んでいるのをご存知でしょうか? 正確にはIOCの傘下にあるOCA(Olympic Council of Asia)が主催し開催しているわけですけど、OCAはそれ以外にも、東アジア大会や、東南アジア大会といった総合国際競技会を開催しています。98年バンコクや2002年プサンのアジア大会の放送をBSでご覧になられた方は、表彰の合間かどこかでそういった「アジアの競技普及の現状について」の話しをしましたので、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。
 それはアジアだけではなく、ヨーロッパ(EOC: European Olympic Committees)、アメリカ(PASO: Pan American Sports Organisation)、アフリカ(ANOCA: Association of National Olympic Committees of Africa)にもIOC傘下の組織があり、それぞれに各地域の総合国際競技会を開催し、スポーツの普及・振興に貢献しようとしています。ちょっと変ったところでは、オセアニア地域にあるONOC(Oceania National Olympic Committees)という組織。ここではサウスパシフィックゲームズといった、いわゆる総合競技大会だけでなく、各競技種目のオセアニア選手権の開催も主導していますし、それ以外にも「マスターズ競技会」なども主催(!)しています。日本で言えば、OCAが主催するジャパンマスターズが開催されているようなものですよね(笑)。
 それらの競技会を各地域の国で順番に開催することで、各国のスポーツ施設の充実化や、競技人口を増やすための大会開催能力強化をはかるわけです。そんな国々の中からは、いきなりトップアスリートが育つケースもあり得ますが、そういった場合には、IOCに手続きをして、IOCからの奨学金を受けて海外へ留学する・・・というケースも少なくありません。そしてその選手達は引退後に、母国の指導者となって、選手育成や競技普及に尽力していくわけです。いきなりトップアスリートが育たない場合でも、各国にその種目の競技連盟をつくり、ちゃんとした手続きを踏めば、「1国1名枠」で五輪に出場することができます。シドニー五輪男子100m自由形予選で、会場の一気に話題をさらった赤道ギニアのムーサンバーニー選手は、その枠で出場した選手の1人です。

 さて、そんな状況の中でここ10年くらいでしょうか、種目によっては異変というか、深刻な問題が起こっております。競技人口の減少、あるいは横ばいがそれにあたります。
 これには日本のような、深刻な少子化が原因となっているケースもありますし、種目間での人材(選手)の取り合いということも、競技や地域によってはその要因の一つにもなっています。
FINAではシドニー以前から、その現象に対する策として、ジュニア(ユース)の国際競技会増設を検討してきました。LEN(ヨーロッパ水連)で行われているヨーロッパジュニア選手権は割りと古い部類に入る国際大会ですが、それに対抗する形でパンパシフィックジュニアも行われるようになりましたし、日本は参加を見送りましたがユースの世界大会も開催されるようになりました。そういった世界的な流れの中で、更に「受験勉強」などの影響でジュニアスポーツの普及が難しい日本国内の各競技連盟では、「国際大会の誘致」を競技普及、競技登録者数増加の切り札としています。これは別に今に始まったことではなく、1960年代に制定された「スポーツ振興法」にも、国際競技会開催の意義はきちんと銘記されています。
 そんな視点から見ると、現在日本で行われている様々な種目の国際競技会は、実はそんな主旨であったり、効果を期待したりして開催されているわけですが、果たして本当にその役割を果たしているのかどうか?と言えば、どうでしょうか。様々な所で話題になっている、エンタテイメント化したスポーツ大会の放送について、そのあり方や、競技会における様々なイベント化の試みについて、視聴者や観客の立場だけでなく、コーチングの現場では批判的な意見も聞かれます。しかし、メディアに扱っていただけることによる競技普及の効果が望まれる以上、現場も表立ってそのことを否定することはできません。こういったことも、是非中立的な立場の機関が、しっかりとその放送の効果やメディアの取り扱いなどを、「視聴率」という一側面だけでなく、競技人口の推移や愛好家数、スポーツ施設利用の推移といった客観データを用いて、様々な角度から検証しなければならないのではないでしょうか? 

 国際大会を日本で開催すると言うことは、競技運営に携わる人材の確保や、海外競技者の招聘、国内外メディアへの広報、もちろん選手育成・強化など、様々な人のエネルギーを使う、いわば「ハイリスク」でもあるのですが、その競技連盟は、その分競技普及や競技者人口増加という「ハイリターン」も期待しているわけです。最近日本国内で行われた国際競技会が、どのくらいそのスポーツ界に、または国民に対して「リターン」してくれたか?ということも、きちんと検証していただきたいと思っているのは私だけではないはずです。
付け加えて、マーケティング上、それらの「興行」に様々な利害が絡んできているのは、物事がメジャーに成長していく上で仕方のないことだと思います。しかし、その本質は何ら利害にとらわれるものではないはずです。むしろ、なぜ国際競技会を日本で開催するのか?という本質が失われたとき、同時に「社会的信頼も失ってしまう=競技者減少や応援者減少を促す」というリスクの存在も、主催者は覚悟して挑まなければなりません。

 そんな中で、賛否両論あると思いますが、世界陸上までの為末選手の「陸上競技PR活動」は、結果的に自己の成績不振に繋がったと受け止められても仕方ない現状はあるにせよ、その勇気と前向きな取り組みには、大いに拍手を送りたいと思いますし、そんな彼の姿勢が、彼のブログへの相当数の激励の書き込みにも繋がっているのではないでしょうか。
 ただ、こういった競技普及に関しては、できれば一選手が動くのではなく、連盟や各地域の協会、あるいはマスコミなども積極的にサポートすれば、彼の負担ももっと軽減できたのではなかったか?とも思えます。
 それでも、このような意識を持つアスリート達が、是非とも五輪で活躍できるような体制を整えて欲しいと思います。誰がそれをやるかはわかりませんが(笑)。■
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